僕はいつも夢を見る。
ひとつは悪夢。
大好きなマナをこの手で壊す夢……
何度も繰り返される悪夢には、本当に嫌気がさすけれど、
それでも自分が犯した罪なのだから仕方がないと思う。
そう諦めているのだけど……
あともうひとつだけ、幼い頃から良く見る夢がある。
まだマナに拾われる前から見ていた気がするんだけど、
いつから見ているかは、正直あまり覚えていない。
こちらは見た後、とても気分が良くって……
なんでなんだろう?
ちょっと……不思議だ。
「おや、アレンくん、今日は随分機嫌がいいみたいだね?」
すれ違いざまに掛けられた声にその主を見る。
白い帽子に黒ぶちのメガネ。
一見温和にみえるその瞳の裏に、
思いもよらない策略が秘められているという事を知ったのは、
本当につい最近のことだ。
黒の教団を影から支える科学班のボス……コムイ・リー。
「えっ? そうですか?」
苦笑いしながら応える僕にずいっと近寄ると、
彼は眼鏡の中の瞳をキラリと輝かせる。
「うん。僕の観察力をあなどってもらっちゃあ困るな。
こう見えても、エクソシスト諸君の体調管理には人一倍煩いんだよ?
ねぇ、何かいいことでもあった?」
「あっはははぁ〜そうですねェ……
特にこれといったことはないんですが。
あ……そういえば、今朝は夢見が良かったからかもしれないです」
そう軽く応える僕の肩に手を添えると、
コムイは興味津々と言った様相で身を乗り出した。
……しまった。
また余計な事を言ってしまった。
「へぇ〜、是非その夢の話とやらを聞かせてほしいなぁ」
「へ? 僕の夢なんて聞いたって面白くもなんともないですよ?」
「そんなことはない!」
ズバリと断定する。
「夢っていうのは深層心理の現われでもあるからね。
あなどっちゃあいけないのだよ!」
「そ……そうですか……?」
「そう! だからほら、ゆっくりと話を聞かせてもらおうじゃあないか!」
「えっ……ええっ?!」
抵抗する間もなく腕を引っ張られ、書類で足の踏み場もない自室へと招かれる。
あぁ……せっかく気分のいい朝だったのに……。
僕はしこたま深い溜息をついた。
「そういえば、前にキミが良く見るっていう悪夢の話を聞いた事があるんだけど、
覚えてるかい?」
「あ……そういえば、そんな話したかもしれませんね……」
「あの夢はまだ見るの?」
僕が一瞬顔を曇らせたのを見逃さなかった彼は、
ふぅんと軽くうなづいて、返事を聞くまでもなく
それがイエスだと察してくれる。
「で……そのキミがいい夢をみるんだから、
相当いい夢なんだろうねぇ?」
「え? はぁ……まぁ……なんというかはっきりとは覚えてないんですけど」
自分の言葉に嘘はなかった。
いい夢……といえばそうなのだが、
いつも見た後は何ともいえない気分になる。
幸せで切なくて、愛しい夢……
僕はいつも誰かの隣にいて、その人の肩に寄り添っている。
何を話しているのかはわからないけど、
楽しい会話をしていることだけは確かで、
会話をしていると、ふわりと何かで身体を包み込まれる。
その感触が心地よくて僕は黙って瞳を閉じて……
その人の肌の温もりを身体の奥深くまで感じる。
それは雛鳥が親鳥のふところに包み込まれる安堵感にも似ていて。
とても……とても気持ちいいんだ。
「へぇ……それで、その相手の顔は見えないのかい?」
「えぇ……見たいって思うんですけど、夢の中で目を開けようと
すると、何故か開く事が出来ないんです。
ただ……」
「……ただ……?」
「いえ、何となくなんですけど、その……
天使……って言うんですか?」
「天使??」
「えぇ……相手は……その背中に天使みたいな羽が生えてるんですよ」
「……ほほぅ……天使……ねぇ……」
コムイの瞳がキラリと光る。
大きな声ではいえないのだけど、
その天使っていうのは綺麗な黒髪をしている。
そう……まるでリナリーみたいな。
だけど、リナリーとは微妙にイメージが違うんだよね。
なんというか、上手く言えないんだけど。
考えたくないけど、どちらかといえば……
そう、神田の髪の方がイメージに近い。
まぁ、ありえないことではあるんだけど。
そんなことを考えていると、コムイがにやりと笑った。
そして、今度はにこやかに話しかけてくる。
「ねぇ、その夢って小さい頃から見てるのかい?」
「え?まぁ、そうですね。
よく見る夢っていうのは、悪い夢意外はそれぐらいですから」
「ふぅん……ねぇ、こんな言い伝えを知っているかい?」
「……?……」
コムイは楽しそうな顔で自論を展開しだした。
それはまるで水を得た魚のように、生き生きと。
「アレンくん、エクソシストがどうしてイノセンスの適合者になれたとおもう?」
「……さ、さぁ……?」
「それはね、彼ら……もとい君たちが神に選ばれた者たち、
すなわち、神に最も近い人間だからなのさ。
現世で君たちは人間の姿をしているけれど、
きっと人間の姿になる前は神のすぐ傍にいたに違いないんだ。
僕はね、君たちエクソシストの魂は、生前は天使の魂だったんじゃないかって
真剣に思ってるんだよ!」
「……はぁ……」
「その証拠に、見たまえ!リナリーの天使のような微笑をっ!!」
信じて疑っていないような断言振りに、思わず苦笑してしまう。
そうか。結局はコムイさんはリナリー自慢をしたかっただけなのか……
あまりの前置きの長さに途方にくれながら、
朝食の前のこの時間のロスは何だったんだろうと
大きな溜息をつく。
「だから、君の見る夢は前世の夢にちがいないんだ!
ね?そう思わないかい?」
「あ……はは……」
ここまで言われてしまうと、もう笑ってごまかすしかない。
ただ、この世で最も最先端を行っているであろう科学班の班長が
こうまで言うのだから、もしかしたらまんざら嘘でもないかもしれないが。
一人でリナリー自慢に酔いしれるコムイの後ろから、
リーバーさんが気の毒そうな顔を除かせた。
そして、こっそりとドアの方を指差すと、早く出ろと合図する。
僕はその好意に甘えて、そそくさとその場を逃げ出した。